ヒルシュスプルング病類縁疾患とは?

1.概要

ヒルシュスプルング病 (Hirschsprung’s Disease) はデンマークの医師、ハラルド・ヒルシュスプルング氏が1886年に報告した病気です。直腸や大腸に生まれつき存在するはずの神経細胞(注1)が欠如することで腸の蠕動運動が悪くなり、腸閉塞(注2)や重い便秘といった症状が現れる病気です。ほとんどの患者さんは病変の範囲が限定されており、現在ではその診断法と手術による治療法が確立されています(注3)。
腸に神経細胞が存在するにもかかわらず、ヒルシュスプルング病のように腸の蠕動運動が著しく悪くなる疾患が存在することは世界中で主に小児外科医の間で知られていました。本邦ではこれらの疾患は、ヒルシュスプルング病ではないがそれに類似した病気、という意味で「ヒルシュスプルング病類縁疾患 (Allied Disorders of Hirschsprung’s Disease)」と呼ばれてきました。これはひとつの病気ではなく頻度の低い希少な疾患がいくつも混在する疾患群で、手術により軽快するものや自然治癒傾向のもの、有効な治療法がなく予後が悪いもの、など様々な病気が含まれています。本邦でこれまでに行われた全国調査の結果などをもとに、現在は7つの疾患に分類されています。

本邦におけるヒルシュスプルング病類縁疾患の分類

指定難病は小児慢性特定疾患および指定難病

腸管神経節細胞に異常を認めるもの
  • (1)壁内神経節細胞未熟症
  • (2)腸管神経節細胞僅少症指定難病
  • (3)腸管神経系性異常症
腸管神経節細胞に異常を認めないもの
  • (4)巨大膀胱短小結腸腸管蠕動不全症指定難病
  • (5)腸管分節状拡張症
  • (6)内肛門括約筋無弛緩症
  • (7)慢性特発性偽性腸閉塞指定難病

2.疫学

ヒルシュスプルング病は約5000出生に1人の頻度とされていますが、ヒルシュスプルング病類縁疾患はさらに頻度の低い疾患です。平成23年度の厚生労働科学研究補助金難治性疾患克服研究事業「Hirschsprung病類縁疾患の現状調査と診断基準に関するガイドラインの作成」(田口智章班)における調査で把握された、本邦10年間(2001年から2010年まで)の主な小児医療施設におけるヒルシュスプルング病類縁疾患数および生存率は以下の通りです(注4)。ヒルシュスプルング病類縁疾患に含まれる7つの疾患ごとに症例数および生存率が異なります。

指定難病は小児慢性特定疾患および指定難病

ヒルシュスプルング病類縁疾患 症例数 生存症例数 生存率
神経節細胞異常群 (1)壁内神経節細胞未熟症 28 28 100%
(2)腸管神経節細胞僅少症指定難病 90 70 78%
(3)腸管神経形成異常症 11 11 100%
神経節細胞正常群 (4)巨大膀胱短小結腸腸管蠕動不全症指定難病 19 10 53%
(5)腸管分節状拡張症 28 27 96%
(6)内肛門括約筋無弛緩症 2 2 100%
(7)慢性特発性偽性腸閉塞指定難病 56 50 89%

3.原因

消化管の神経節細胞は胎齢5週から12週頃にかけて、食道の口側の端に発生し肛門に向かって順々に分布してゆきます。ヒルシュスプルング病はこの過程に何らかの異常がおこり途中で分布が止まったために起こります。病気に関連する複数の遺伝子が報告されており、それらの遺伝子の変異やバリエーションが病気の原因になると言われています(注5)。現在も原因となる遺伝子の報告が続いています。
一方、ヒルシュスプルング病類縁疾患の原因はその一部でしかわかっていません。腸の神経細胞の数に異常がある疾患のうち、腸管神経節細胞僅少症と腸管神経形成異常症に関しては、実験動物による研究から得られた候補遺伝子について、患者さんに遺伝子変異が存在するかどうか調べられてきましたが、はっきりとした原因遺伝子は明らかになっていません。

腸の神経細胞に異常が見られない群の中で、巨大膀胱短小結腸腸管蠕動不全症と慢性特発性偽性腸閉塞の中に、ACTG2, MYH11, LMOD1, MYLK, MYL9といった遺伝子に変異を持った患者さんが存在し、家族内で遺伝していることがわかってきました。これらは消化管や膀胱の平滑筋(注6)に存在して、筋収縮に関わるタンパク質の設計図となる遺伝子です。それらの遺伝子の変異により、作られるタンパク質の機能が変わり、腸の平滑筋の収縮がうまくいかないために腸の蠕動運動が悪くなるものと考えられています。しかし個々の遺伝子の変異がどのようにして病気の発生に関与しているかについての詳細はまだわかっていません。
そのほかにも、病気の原因に関しては何らかの病原微生物の感染症や免疫学的な異常などいくつかの原因が考えられていますが、はっきりとわかったものはありません。

4.症状

新生児期から小児期までに、消化管の蠕動不全で起こる腸閉塞(注2)と呼ばれる症状や重い便秘として発症します。一般に、新生児期発症のものは重症で全消化管の蠕動不全をきたし、長期の絶食や点滴による栄養(静脈栄養)を必要とするものが多いと言われています。

5.合併症

腸の蠕動不全や異常な拡張のため、腸内で細菌が異常増殖をきたし腸炎が起こることがあります。また、腸の細菌が血管内に入り(これをbacterial translocationといいます)、全身に広がって敗血症を起こすことがあります。また、長期にわたる静脈栄養の合併症としての敗血症や肝不全により死に至ることなどがあります。
特に重症な患者さんにおいては多くの合併症により生命予後が悪いことに加えて、長期にわたり患者さんのQOL(Quality of Life; 生命の質)が著しく低下します。

注釈

(注1)腸の神経細胞
腸(小腸と大腸)には約1億個もの神経細胞が存在すると言われ、脳に次いで多くの神経細胞を含んだ組織です。この神経細胞は腸の中で自律的に働いて蠕動運動を制御しています。“神経節”と言われる神経細胞が集まったところに存在するため、腸の神経細胞は“神経節細胞”とも呼ばれ、この言葉が疾患の名前にも使われています(壁内神経節細胞未熟症や腸管神経節細胞僅少症)。
(注2)腸閉塞
腸閉塞とは、何らかの原因で腸の中で食べ物や消化液など内容物の流れが止まってしまう状態のことを言います。これによっておなかの張りや痛み、吐き気、ガスや便が出なくなる、などの症状が出ます。
(注3)ヒルシュスプルング病の治療
ヒルシュスプルング病の病変は多くの場合、肛門に近い直腸や大腸といった限局した部分に存在します。治療としては神経節細胞の存在しない病変部分を切除して肛門に正常な腸をつなぐ手術が行われます。ただし一部の重症例では病変が広い範囲におよび、必ずしも手術では根治に至りません。このような病変が広いものは小児慢性特定疾患や難病に指定されています。
(注4)本邦におけるヒルシュスプルング病類縁疾患に対する全国調査
この全国調査は、本邦の症例をなるべく全て網羅するように全国の日本小児外科学会の認定施設および日本小児栄養消化器肝臓病学会会員の所属施設、あわせて161の施設に対して行われ、ほぼすべての施設から回答が得られました(回答率98%)。特に重症例については上記以外の施設で治療されることはほとんどないと考えられるため、国内のほとんど全ての症例を集積できたものと考えています。
(注5)遺伝子
遺伝子とは人間の体をつくる設計図に相当するものです。ヒトには約3万個の遺伝子があると考えられています。人間の身体は、「細胞」という基本単位からなっています。この細胞の「核」と呼ばれる部分に存在する「DNA」という分子が、遺伝子として働いています。人間の身体は、この遺伝子の指令に基づいて維持されています。また遺伝子は親から子へと受け継がれていきます。
(注6)平滑筋
平滑筋とは、私たちの体を動かす筋肉のうち、血管・膀胱・子宮・消化管(胃・小腸・大腸など)の壁に存在する筋肉です。腕や足を動かす筋肉(骨格筋)や心臓の筋肉とは異なる性質を持っています。特に消化管においては、消化管の内容物を運ぶ蠕動運動において働きます。