腸管神経節細胞僅少症

消化管(胃や腸)の大事な働きは、口から食べたものを消化・吸収することです。そして消化・吸収するためには食べたものを口から、食道・胃・小腸・大腸へ運んでいかなければなりません。腸には消化・吸収に加えて、食べたものを運ぶ働きがあります。そして最後は吸収しきれずに残ったものを便として体外に排出します。他にも食べ物と一緒に飲み込んだ空気やおなかの中で発生したガスも体外に運び出します。そのような自立的な腸管の動きのことを「蠕動(ぜんどう)」といいます。
小腸や大腸の蠕動運動には腸の神経細胞が関わっています。この神経細胞は腸の中で集まって存在して”神経節“という構造を作ることから、腸管神経節にある神経細胞は”腸管神経節細胞“と呼ばれます。この神経節細胞の数が生まれつき少ないことで生じる病気が、腸管神経節細胞僅少症です。全国調査の結果では100名ほどの患者さんが確認され、希少疾患であることが明らかにされました。この病気の原因については全くわかっていません。家族内での発症はなく原因となる遺伝子についての報告もないため、現時点では遺伝する病気ではないと考えられています。

新生児期から嘔吐・腹部膨満・おならや便が出ないといった消化管の蠕動不全で起こる腸閉塞と呼ばれる症状で発症します。症状の程度は患者さんごとに異なりますが、多くの場合で母乳やミルクを飲むことができず、長期の絶食が必要になります。蠕動しない腸の内容物を体の外に出して腸閉塞の状態を改善させるために、鼻から胃や腸へチューブを入れて消化管の内容物を吸引する処置を行なったり、生まれてすぐに小腸に人工的な排泄口(ストーマ)を作って、飲んだ母乳やミルク、胃液や腸液などが腸の中にたまらないようにします。場合によっては1か所だけではなく、腸の複数の場所にストーマを作る必要があることがあります。また、場合によっては特に蠕動が悪く内容物のたまりやすい腸を部分的に切除する手術が行われることもあります。
ストーマを作ったり腸を部分的に切除したりする手術の時に腸の一部を採取します。この腸の一部を処理して顕微鏡で観察することで、診断が確定します。正常な腸管神経節と腸管神経節細胞僅少症の腸管神経節を図に示します。神経節の大きさとその中に含まれる細胞の数が違うことがわかります。

※各治療法については「治療について」のページもご参照ください。

図:正常な神経節(左)と腸管神経節細胞僅少症の神経節(右)、同じ倍率で観察したもの。青点線が神経節の位置を示す。病気の腸管の神経節はかなり小さく、その中に存在する神経節細胞の数も少ないことがわかります。右下の黒線が30µm。

ストーマを作ることなどによって少しでも腸が使える場合にはミルクや栄養剤を飲んだり腸に注入することによって経腸栄養が可能です。しかし、健常のお子さんと同じくらいには栄養や水分の吸収を行うことができないため、多くの場合は点滴による栄養、静脈栄養を行う必要があります。
このような治療を続けながら、腸が少しずつ使えるようになるのを待ちます。うまく腸が使えるようになって静脈栄養が不要になる人もいます。しかし、長期にわたって静脈栄養に依存せざるを得ない場合もあります。
また、以上に述べたような治療を継続すると体にとって不都合なこと(合併症)がいくつか起こる可能性があります。入院治療や栄養障害のため身体発育遅延や精神・神経発達遅延をきたす場合があります。また腸の内容物がたまるとそこで細菌が異常に増殖してしまい、腸炎を繰り返すようになります。さらには腸から全身に細菌が広がってしまう敗血症を起こすことがあります(これをbacterial translocationといいます)。また、静脈栄養のために体に入れている点滴の管(中心静脈カテーテル)から細菌が侵入して敗血症を起こしたりもします。長期に静脈栄養を行うことで静脈栄養関連肝障害を併発することがあります。これらはすべて命にかかわる合併症です。また敗血症によってショックとなり死に至る危険性もあります。

使えない腸を正常の機能を持つ腸に取り換える“小腸移植”はこの病気の唯一の根治的治療になります。しかし、小腸移植は肝臓や腎臓といった臓器の移植と比べて著しく成績が悪く、また本邦では臓器提供ドナーの不足もあり、あまり積極的には行われていません。
有効な根本的治療がないため死亡率も高く、本邦の調査結果によると死亡率は22.2%です。一方で最近の治療や管理の進捗により長期生存できる患者さんも増えてきています。しかし長期生存している患者さんでも、点滴が必要であったりストーマを保有したりするためQOL(Quality of Life; 生活の質)は著しく低いのが現状です。

※各治療法については「治療について」のページもご参照ください。