慢性特発性偽性腸閉塞

消化管(胃や腸)の大事な働きは、口から食べたものを消化・吸収することです。そして消化・吸収するためには食べたものを口から、食道・胃・小腸・大腸へ運んでいかなければなりません。腸には消化・吸収に加えて、食べたものを運ぶ働きがあります。そして最後は吸収しきれずに残ったものを便として体外に排出します。他にも食べ物と一緒に飲み込んだ空気やおなかの中で発生したガスも体外に運び出します。そのような自立的な腸管の動きのことを「蠕動(ぜんどう)」といいます。
慢性特発性偽性腸閉塞症は、その蠕動が障害されている(蠕動不全)病気です。腸の蠕動が障害されていることのほかに、膀胱が大きくのびきっていること(巨大膀胱)が見られる場合があります。
本邦における小児の年間発症数は2-3人であり、非常にまれな病気です。しかし成人例での調査では国内に1100人程度の患者さんがいることが調べられております。小児期に発症した患者さんと成人になって発症した患者さんとは、似たような症状を示すものの全く同じ病気であるかどうかは不明です。

ヒルシュスプルング病類縁疾患には全部で7つの疾患が含まれます。様々な検査や臨床所見を総合的に判断して、病気の診断がなされます。ヒルシュスプルング病類縁疾患の症状を示すけれども他の6つの病気のいずれでもない場合に、慢性特発性偽性腸閉塞症の診断となります。
病名にある“特発性”とは「原因がわからない」という意味です。したがってこの病気の原因については、まだわかっていないことが多くあります。

近年、本疾患の一部の患者さんで、ACTG2遺伝子の異常があることがわかりました。遺伝子というのは私たちの体の中で様々な働きをするタンパク質の設計図となる分子です。このACTG2遺伝子は、消化管や膀胱の平滑筋(注1)に存在して筋収縮に関与するタンパク質の設計図となるような遺伝子であり、遺伝子の変異によってタンパク質の機能が変わり平滑筋の収縮がうまくいかないことから腸の蠕動運動が悪くなっているものと考えられています。同じ遺伝子の変異はヒルシュスプルング病類縁疾患に属する最重症疾患である巨大膀胱短小結腸腸管蠕動不全症にも関与しています。しかし、この遺伝子の変異がどのようにして病気の発生に結びつくのかはわかっていません。また変異と患者さんの重症度がどのように関連しているのか、など不明な点が多々あります。
ACTG2遺伝子の変異は常染色体優性遺伝(注2)という遺伝形式をとるとされています。通常、“遺伝子”というと親から子へと代々受け継がれるものですが、親から受け継いだ遺伝子にあらたに変異が発生することもあります。ACTG2の変異は親から受け継がれた変異のことも、患者さんにおいて新たに発生した変異であることもあります。

嘔吐・腹部膨満・おならや便が出ないといった腸閉塞の症状で発症します。あまり症状が重くない場合には頑固な便秘といった症状を呈することもあります。巨大膀胱を認める場合には、膀胱にたまったおしっこが出ないという症状も併発します。症状は患者さん毎に異なり、重症例では母乳やミルクを飲むことができず、長期の絶食が必要になります。このような場合には点滴から栄養を補給する(静脈栄養)必要があります。
腸の内容物がたまらないように、鼻から胃や腸へチューブを入れて消化管の内容物を吸引する処置や、人工的な腸の排泄口(ストーマ)を作って胃液や腸液などが腸の中にたまらないようにします。外科的手術は腸の癒着をきたしてかえって腸の通過が悪くなる、とする意見もあります。
状況を見ながら少しずつミルクや栄養剤を飲んだり腸に注入(経腸栄養)することによって栄養を行います。また、おしっこを出すために膀胱の中に管(膀胱内留置カテーテル)を入れて常時おしっこを出したり、1日に何回か、導尿(膀胱の中に管を一時的に入れておしっこを出す処置のこと)を行ったりします。

また、以上に述べたような治療を継続すると体にとって不都合なこと(合併症)がいくつか起こる可能性があります。入院治療や栄養障害のため身体発育遅延や精神・神経発達遅延をきたす場合があります。また腸の内容物がたまるとそこで細菌が異常に増殖してしまい、腸炎を繰り返すようになります。さらには腸から全身に細菌が広がってしまう敗血症を起こしすことがあります(これをbacterial translocationといいます)。また、静脈栄養のために体に入れている点滴の管(中心静脈カテーテル)から細菌が侵入して敗血症を起こしたりもします。長期に静脈栄養を行うことで静脈栄養関連肝障害を併発することがあります。これらはすべて命にかかわる合併症です。
使えない腸を正常な機能を持つ腸に取り換える“小腸移植”はこの病気の唯一の根治的治療になります。しかし、小腸移植は肝臓や腎臓といった臓器の移植と比べて成績が悪く、また本邦では臓器提供ドナーの不足もあり、それほど多くの移植治療は行われていません。

有効な根治的治療は存在せず、本邦の調査結果では死亡率は約11%でした。近年では治療や管理の進歩により長期生存できる患者さんも増えてきています。また妊娠・出産を経験した患者さんの報告もあります。しかし、長期生存している患者さんでも、点滴が必要であったり、何らかの消化管の内容物を減らす処置などが必要となるため、QOL(Quality of Life; 生活の質)は著しく低いのが現状です。

※各治療法については「治療について」のページもご参照ください。

注釈

(注1)平滑筋
平滑筋とは、私たちの体を動かす筋肉のうち、血管・膀胱・子宮・消化管(胃・小腸・大腸など)の壁に存在する筋肉です。腕や足を動かす筋肉(骨格筋)や心臓の筋肉とは異なる性質を持っています。特に消化管においては、消化管の内容物を運ぶ蠕動運動において働きます。
(注2)常染色体優性遺伝
私たちが親からもらった遺伝子はペアですが、その遺伝子の片方に何らかの変異があり症状が出るものを、優性遺伝といいます。私たちのもつ遺伝子は染色体といわれる構造を作りますが、性別に関係のある染色体を性染色体、性別に関係なく誰もが持っている染色体を常染色体といいます。常染色体上に存在する遺伝子変異によって優性遺伝が生じる場合を、常染色体優性遺伝といいます。50%(1/2)の確率で病気に関係する遺伝子が親から子へと伝わります。
(注3)癒着
手術した器官や組織が、手術後お互いにくっついてしまうことがあり、癒着と呼ばれます。手術などにより損傷を受けた組織や臓器表面が、お互いに接触したまま組織の再形成が行われるために起こります。癒着によって腸が締め付けられたり、癒着の部分を中心にして腸が捩れたりすることにより、腸の通過が悪くなることがあります。