巨大膀胱短小結腸腸管蠕動不全症

消化管(胃や腸)の大事な働きは、口から食べたものを消化・吸収することです。そして消化・吸収するためには食べたものを口から、食道・胃・小腸・大腸へ運んでいかなければなりません。腸には消化・吸収に加えて、食べたものを運ぶ働きがあります。そして最後は吸収しきれずに残ったものを便として体外に排出します。他にも食べ物と一緒に飲み込んだ空気やおなかの中で発生したガスも体外に運び出します。そのような自立的な腸管の動きのことを「蠕動(ぜんどう)」といいます。
巨大膀胱短小結腸腸管蠕動不全症は、その蠕動が生まれつき障害されている(蠕動不全)病気です。この病気は腸の蠕動不全のほかにも膀胱が大きくのびきっていること(巨大膀胱)と大腸(結腸)が縮んでいること(短小結腸)が特徴とされています。本邦における10年間(2001年から2010年)の発症数を調べた調査では、14人が登録されました。非常にまれな病気といえます。

この病気の原因については、海外からの報告からACTG2、MYH11、 LMOD1、 MYLK、 MYL9といった遺伝子の異常であることがわかっています。遺伝子というのは私たちの体の中で様々な働きをするタンパク質の設計図となる分子です。上に挙げた遺伝子は、消化管や膀胱の平滑筋に存在して筋収縮に関与するタンパク質の設計図となるような遺伝子であり、遺伝子の変異によってタンパク質の機能が変わり腸の蠕動運動が悪くなっているものと考えられています。しかし個々の遺伝子変異がどのようにして病気の発生に関与しているかについての詳細はまだわかっていません。
列挙した遺伝子のうち、ACTG2遺伝子の変異は常染色体優性遺伝(注1)という遺伝形式をとるとされています。一方でそのほかの遺伝子MYH11、LMOD1、 MYLK、 MYL9については常染色体劣性遺伝という遺伝形式をとるといわれています。通常、“遺伝子”というと親から子へと代々受け継がれるものと考えがちですが、ある人において新しく変異が発生することもあり、de novo変異(de novo; デノボ、「新たに」という意味のラテン語)と呼ばれます。ACTG2の変異は親から受け継がれた変異のことも、de novo変異のこともあります。またACTG2の変異は、本疾患だけではなく“慢性特発性偽性腸閉塞”というヒルシュスプルング病類縁疾患に含まれる別の病気の一部にも関与していることが分かっています。
常染色体という性別に関係なく誰もが持っている遺伝子の異常によっておこる病気でありながら、男児に比べて女児に多いという特徴があり、その理由もわかっていません。

新生児期から嘔吐・腹部膨満・おならや便が出ないといった腸閉塞の症状と、膀胱にたまったおしっこが出ないという症状で発症します。ほとんどの場合で非常に症状が重く、母乳やミルクを飲むことができず、長期の絶食が必要になります。このため、栄養のために点滴から栄養をする(静脈栄養)必要があります。
腸の内容物がたまらないように、鼻から胃や腸へチューブを入れて消化管の内容物を吸引する処置や、人工的な腸の排泄口(ストーマ)を作って胃液や腸液などが腸の中にたまらないようにします。少しずつミルクや栄養剤を飲んだり腸に注入(経腸栄養)することによって栄養を行います。また、おしっこを出すために膀胱留置カテーテルを入れて常時おしっこを出したり、1日に何回か導尿を行ったりします。

また、以上に述べたような治療を継続すると体にとって不都合なこと(合併症)がいくつか起こる可能性があります。入院治療や栄養障害のため身体発育遅延や精神・神経発達遅延をきたす場合があります。また腸の内容物がたまるとそこで細菌が異常に増殖してしまい、腸炎を繰り返すようになります。さらには腸から全身に細菌が広がってしまう敗血症を起こすことがあります(これをbacterial translocationといいます)。また、静脈栄養のために体に入れている点滴の管(中心静脈カテーテル)から細菌が侵入して敗血症を起こしたりもします。長期に静脈栄養を行うことで静脈栄養関連肝障害を併発することがあります。これらはすべて命にかかわる合併症です。また敗血症によってショックとなり死に至る危険性もあります。
使えない腸を正常の機能を持つ腸に取り換える“小腸移植”はこの病気の唯一の根治的治療になります。しかし、小腸移植は肝臓や腎臓といった臓器の移植と比べて成績が悪く、また本邦では臓器提供ドナーの不足もあり、あまり積極的には行われていません。


この病気はヒルシュスプルング病類縁疾患全体の中でも最も予後の悪い病気です。有効な治療は存在せず、本邦の調査結果では死亡率は約47%にも達します。生存例においても患者さんのQOL(Quality of Life; 生活の質)は著しく低いのが現状です。

※各治療法については「治療について」のページもご参照ください。

注釈

(注1)常染色体優性遺伝について
私たちが親からもらった遺伝子はペアですが、その遺伝子の片方に何らかの変異があり症状が出るものを、優性遺伝といいます。私たちのもつ遺伝子は染色体といわれる構造を作りますが、性別に関係のある染色体でを性染色体、性別に関係なく誰もが持っている染色体を常染色体といいます。常染色体上に存在する遺伝子変異によって優性遺伝が生じる場合を、常染色体優性遺伝といいます。50%(1/2)の確率で病気に関係する遺伝子が親から子へと伝わります。
(注2)
私たちが親からもらった遺伝子はペアなので、多くの場合片方に変異があったとしても、もう一方の遺伝子がカバーして必要なタンパク質を作っているため問題はおこりません。しかし、同じ部分に変異のある両親から、変異が2つ揃った子供が生まれる場合があります。このような遺伝を劣性遺伝といいます。両親は、遺伝子変異は持っていても症状はなく、保因者と呼ばれます。常染色体上に存在する遺伝子変異によって劣性遺伝が生じる場合を、常染色体劣性遺伝といいます。両親がともに保因者である場合、生まれる子では、25%(1/4)の確率で症状が出る可能性があります。